前橋地方裁判所 昭和23年(ワ)6号 判決
原告 高山花子
被告 高山一郎 (いずれも仮名)
一、主 文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
二、事 実
原告訴訟代理人は、「被告は原告に対し金五万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和二十三年二月八日より完済に至るまで年五分の割合による金員を支拂うべし。訴訟費用は被告の負担とする」との判決並びに担保を條件とする仮執行の宣言を求めると申し立て、その請求の原因として、原告は昭和二十年七月頃再三被告と婚姻するよう被告から懇望されたのでこれを應諾して、婚姻予約をし爾來婚姻前の交際を続け、原告の父高山照夫及びその一家も至極良縁であるとしてこれが婚姻の完成を期待していたところ、未だ婚姻届をしないうちに原告は被告の子を懐胎するに至つた。原告が入籍前に子供を儲けるが如きことは、信望ある、その地方の旧家たる原告一家にとつて名譽にも関するところから、原告並びにその両親は再三被告に対し原告の入籍を要請したところ、被告は遽に態度を飜し、その母の不同意に藉口して極めて冷淡な態度を以て原告等の申出を拒絶し、原告との交際を断つに至つた。原告は昭和二十一年八月五日男兒を分娩し、善三と命名した。被告は善三の出生に対して一顧だもせず、これが認知すら拒む有様なので、原告から被告を相方手として昭和二十一年九月前橋地方裁判所高崎支部に子の認知の訴を提起(同廳昭和二十一年(タ)第八号事件)し原告勝訴となりその控訴審(東京高等裁判所昭和二十四年(ネ)第二七七号事件)も亦原告勝訴に帰した。被告の原告に対する右の如き所爲は、被告に当初婚姻の意思があつたとすれば婚姻の予約を不当に破棄したものであり、又当初から婚姻の意思がなかつたとすれば原告を巧みに欺罔してその貞操を蹂躙したものであり、原告は被告の右所爲によつて、肉体的精神的に測り知れない苦痛を被つた。原告は高山照夫の長女として生れ、高等小学校を卒業し、父高山照夫は村会議員、農事組合理事、生産組合理事長、道路委員、納税組合長等の公職を有し、原告家は板葺二階建本家四十坪、板葺二階建物置十二坪半、瓦葺平家倉庫七坪半を有し、被告家に匹敵する資産を有する村内中流以上の農家である。一方被告は小学校を卒業し、被告家は宅地二百二十七坪、畑一町二反七畝二十七歩、山林原野十七町二畝三歩(実調二十町歩余)、板葺二階建住宅一棟建坪三十七坪五合、附属建物二階建物置建坪八坪七合五勺を有し緬羊五頭を飼い、総資産六十万円以上の村内中流以上の農家である。これ等諸般の事情を斟酌し原告の右精神的苦痛は被告より金五万円を得て僅かに慰藉されるものである。よつて原告は被告に対し右金五万円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である昭和二十三年二月八日より完済に至るまで年五分の割合による損害金の支拂を求めるため本訴に及んだと述べた。<立証省略>
被告訴訟代理人は主文第一項同旨の判決を求め、原告勝訴の場合、仮執行の宣言が附せられるときは担保を供して仮執行を免れることを得る旨の裁判を求め、答弁として原告主張事実中原告が昭和二十一年八月五日男兒を分娩したこと、原告から被告を相手方として原告主張の日時その主張の如き子の認知の訴を提起し第一、二審とも原告勝訴に帰したこと、原被告の経歴及び被告方の財産(但し原告の評價額は爭う)が原告主張の如くであることは認める。原告の父高山照夫が原告主張の如き公職を有すること、原告方が原告主張の如き財産を有することはいずれも知らない。その余の事実は否認すると述べ、被告(昭和三年三月十四日生)は昭和二十年八月二十日頃から原告(大正十二年十二月二十八日生)と交際をはじめたのであるが、当時十七才の弱年の被告は二十二才の原告に誘惑されて昭和二十年十一月中旬三回ほどこれと情交関係を結んだ。その後被告は、原告及びその両親から原告と婚姻するよう強要されたが、原告の身持がよくないことを知つたのでこれを断つた、右の如き原告と被告との関係を目して婚姻の予約と認めることはできない。即ち(一)原告提出の甲第一乃至第三号証の一、二(いずれも被告から原告に宛てた手紙)によれば昭和十九年十二月から昭和二十年一月頃までに、被告から原告に対し婚姻申込の意思表示をしているが如く見られるけれども当時被告は婚姻適齢の満十七年に達していなかつたから婚約の能力がなく從つて原被告間に婚姻の予約が成立する余地がない。(二)被告が原告と関係を結んだ当時においても、原被告が婚姻を爲すには、旧民法によりその年齢未だその家にある父母の同意を得ることを要したのであるから、原告は父照夫と母冬子との、被告は母ハツの同意がいずれも絶対必要條件であつたところ、原被告ともその婚約につき右父母の同意を全然得なかつたのであるから、たとえ原被告間に夫婦約束があつたとしても、未だいわゆる婚姻予約とはいい難い。(三)被告は昭和二十一年中原告の父照夫から告訴されて住宅侵入罪に問われ略式命令により罰金五十円に処せられた。右の事実からしても原被告の関係は私通野合であつて、婚姻予約とは認め得ない。又前記の如き原被告間の関係を目して貞操侵害と認めることもできない。即ち昭和二十年当時原告は満二十二年、被告は満十七年であつて、右の如き年齢の差ある両者の性的成熟の程度の差は著しく、殊に原告は男との関係において兎角の評判があり、一方被告は無垢の少年であり、原告自身被告方へ忍んで來たこと五回位にも及んでいる等諸般の状況よりするも原告が被告を誘惑してこれと関係を結ぶに至つたものであつて、寧ろ被告が原告にその童貞を蹂躙されたものというべきであると述べた。<立証省略>
三、理 由
まず原告と被告との間に婚姻予約が成立したか否かについて按ずるに、原被告の生年月日が被告主張の如くであることは当事者間に爭なく、右爭ない事実に成立に爭ない甲第一乃至第三号証の一、二、乙第三、四号証並に原告本人の供述を綜合すれば、原告(大正十二年十二月二十八日生)と被告(昭和三年三月十四日生)とはいずれも中里村大字神ケ原に居住する者であるが、原告が満二十一才、被告が満十六才である昭和十九年十二月頃から戀愛関係に陥り、文通したり、共に遊び歩いたりしていたが、原被告は昭和二十年八月二十日頃から同年十一月中旬頃まで六回に亘つて互いにしめし合せ、夜半密かに家人の目を忍んで被告が原告方を訪れ、その一室において、又同年十月初旬頃から同月下旬頃まで五回位に亘つて夜半同様人目を忍んで原告が被告方を訪れ、被告の寢室において、いずれも情交関係を結んだことを認めることができる。而して被告が原告に宛て書き送つた手紙である前記甲第一乃至第三号証の各一、二(昭和十九年十二月十八日附。二月十一日附及び昭和二十年新春附の三通)中に、被告が原告と將來夫婦となることを心から希求している趣旨の文言があり、又原被告が將來夫婦となることを約束して情交関係を結んだものである旨の原告本人の供述があるけれども、右認定の如き事実に、被告が当時未だ思慮分別の十分備わらない満十六、七才の年齢にあつた(婚姻予約は婚姻そのものとは全く別箇の契約であるから、婚姻年齢に達しないことは、婚姻予約の成立には妨げないけれども)ことと、前記乙第三、四号証に証人高山ハツ、同高山照夫原告本人の各供述を綜合して認め得られる原被告が、原告が被告の子を懐姙するまで原告の両親、被告の母親にその関係を明かして、その同意を得る処置に出でず、寧ろこれを秘密にしていたこと、原告が被告の子を懐胎したについて、被告は昭和二十年十一月頃原告から婚姻の申込を受けたが、原被告の関係をこの時始めて知つたその母高山ハツ(被告の父は昭和十三年に戰死)から反対され、且つ同人から原告家の血統が悪いこと、原告と婚姻するときは子孫にその血統が傳わるべきことを聞かされるに及んで、簡單に原告との関係を断つに至つたこととを考え合せればたとえ被告が原告に宛て前記の如き文言ある手紙を書き送り、又原被告が將來夫婦となるべきことを語り合つたとしても、右は戀愛関係にある男女の睦言ともいうべく、右事実を目して原被告間に誠心誠意を以て終生の結合を誓う婚姻予約が成立したものとは認め得られず、寧ろ右原被告間の関係は性的享樂を旨としたかりそめの結合たる私通関係に過ぎないものと見るのが相当である。次に右認定の如く原被告の関係が原被告合意上の私通関係たる以上、被告が前記の如き事情のもとにその関係を断つに至つたとしても、これを以て被告が原告の貞操を蹂躙したものというを得ないことは勿論である。從つて原被告間の性的行爲の結果、原告が男兒を分娩するに要した費用等の損害を被告において負担するは格別、婚姻予約若しくは貞操蹂躙を前提として、被告に対し慰藉料の支拂を求める原告の本訴請求は爾余の点について判断するまでもなく理由がないから、これを棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九條、第九十五條を適用し、主文の通り判決する。
(裁判官 中島武雄)